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スバック|水と祈りの棚田システム - 1

スバック|水と祈りの棚田システム

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スバック|水と祈りの棚田システム

共同体の合意で水を分かち合う、バリ独自の灌漑ネットワーク。

バリ島の美しい棚田景観を支えているのが、ユネスコの世界文化遺産にも登録された伝統的な水利システム「スバック」です。これは単なる灌漑設備ではなく、水の分配をめぐる千年以上の歴史を持つ、高度に組織化された農民たちの共同体そのものを指します。バリ・ヒンドゥーの哲学「トリ・ヒタ・カラナ」(神・人・自然の三者の調和)に基づき、スバックは神々への祈り、人間社会の協調、そして自然環境への配慮を一体化させています。水の寺院(プラ・ウルン・ダヌ)で行われる儀式を通じて、神への感謝を捧げ、水量を考慮した公平な水の分配を、話し合いによって民主的に決定します。自然と共生し、持続可能な社会を築いてきたバリの人々の叡智が、このスバック・システムには凝縮されているのです。

トリ・ヒタ・カラナ:スバックを支える哲学

スバックの根底には、「トリ・ヒタ・カラナ」というバリ・ヒンドゥーの重要な哲学が存在します。これは「三つの幸福の原因」を意味し、神々との調和(パラヒャンガン)、人々と人との調和(パウォンガン)、そして自然との調和(パルマハン)の三つの関係性が世界のバランスを保つという考え方です。スバックはこの哲学を完璧に体現しています。水の寺院での儀式を通じて神に感謝し(パラヒャンガン)、共同体のメンバーが協力し合い、民主的な話し合いで水を公平に分配し(パウォンガン)、棚田という生態系を維持・管理することで自然の恵みを受け取る(パルマハン)。この三つの調和が保たれることで、稲は豊かに実り、コミュニティは繁栄すると信じられています。スバックは、単なる農業技術ではなく、精神文化そのものなのです。

水の寺院と儀式:神々への祈り

スバック・システムにおいて、水は単なる物質ではなく、生命の女神デウィ・ダヌから与えられた聖なる賜物と考えられています。そのため、水の管理は宗教儀式と密接に結びついています。水源となる湖や川の近くには、女神を祀る「水の寺院(プラ・ウルン・ダヌ)」が建てられており、田植えや収穫など、農作業の節目ごとに盛大な儀式が執り行われます。農民たちは寺院に集い、供物を捧げ、ガムランの演奏と踊りを通じて豊作を祈願します。これらの儀式は、神への感謝を示すと同時に、スバックのメンバーが集まり、今後の農作業のスケジュールや水の分配計画について話し合う重要な機会でもあります。信仰と実践が分かちがたく結びついている点に、スバックの大きな特徴があります。

共同体による民主的な水管理

スバックの運営は、非常に民主的かつ合理的に行われます。各スバックは「クリアン・スバック」と呼ばれる長を中心に組織され、すべてのメンバーは定期的に開かれる会合(サンカップ)に参加する義務があります。この会合では、水路の補修や清掃作業の分担、害虫駆除対策、そして最も重要な水の分配ルールなどが、全員の合意に基づいて決定されます。ルールを破った者には、罰金や水の供給停止といった厳しい罰則が科されることもあります。上流の田んぼも下流の田んぼも、誰もが公平に水の恩恵を受けられるよう、緻密なルールが定められているのです。このような徹底した相互扶助と自治の精神が、千年以上にわたってこの複雑なシステムを維持してきた原動力と言えるでしょう。

現代における挑戦と持続可能性

千年以上の歴史を誇るスバックですが、現代社会において様々な課題に直面しています。急速な観光開発は、農地の転用や水源の汚染を引き起こし、棚田の景観を脅かしています。また、若者たちが農業以外の職を求めるようになり、後継者不足も深刻な問題です。しかし、スバックが持つ持続可能な社会のモデルとしての価値は、近年ますます注目を集めています。2012年には、その普遍的な価値が認められ、バリ州の5つの棚田地域と水の寺院がユネスコの世界文化遺産に登録されました。これは、スバックがバリ島だけでなく、全人類にとって守り伝えていくべき貴重な文化遺産であることを示しています。自然との共生を目指すその哲学は、現代社会が抱える環境問題を解決するための重要なヒントを与えてくれるはずです。

概要

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スバック|水と祈りの棚田システム | Balitra(バリトラ)| バリ島総合観光ガイド